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飯積原山遺跡の平成12年度の調査では,奈良時代から平安時代初期にかけての竪穴住居跡と掘立柱建物跡ほったてばしらたてものあとが発見されました。
なかでも興味深いのは,整然と並ぶ27棟の掘立柱建物跡です。全てが同時期に建てられたわけではありませんが,郡衙ぐんが(郡の役所)よりも規模が小さい役所の建物の可能性があり,大変貴重な発見となりました。
この建物群の周辺からは,焼けて炭になったコメや墨で「三倉」と書かれた土器(墨書ぼくしょ土器)が出土しています。このことから,建物群は税として集められた穀物(コメ,マメ,ヒエ,キビなど)等を保管する倉庫も含まれていたことが推測できます。
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掘立柱建物跡群の空中写真
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掘立柱建物(倉庫)のイメージ
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「三倉」と書かれた土器(杯つき)
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